(42)西大友村(2009.2.7)


 
酒匂川左岸堤防を川面とは反対側に下り、桑原の古めかしい集落を抜け、田んぼの中の道を東に進む。またまた国道255号線と出会う。私の計算ではあともう1回255号を渡る機会がありそうで、おそらくその時は旅も終わりに近付いているはずだ。
 国道を北上するとやがて西大友の地、ここからは上府中村7か村を一挙に片付けることにする。
 ところで、私は2004(平成16)年4月から小田原市民をさせていただいているが(ただしこれは住民票上のことであり、実態はちと複雑である)、そのはるか昔、たぶん1969(昭和44)〜1971(同46)年あたりにも、小田原市内に住んでいた。当時成田にある某社の工場に父が勤めていて、我が一家はその敷地内の社宅住まいをしていたのだ(今も社宅の建物は残っている)。なにぶん幼少期のことゆえ記憶に残る出来事は決して多くない。ただ、とにかく当時は病弱で性格も頼りなく(今もだが)1年間だけ通っていた保育園で毎日ガキ大将からお弁当は半分くらい取り上げられていたような気がする。そんな、暗い過去を持つ保育園が、西大友にあったりするわけですが。
 国道沿いにスーパー「新鮮館おだわら」があるので、ちょっと立ち寄ろう。小田原に本社を持つ「ヤオマサ」のロープライス型店舗である。で、前に来たときには気付かなかったのだが敷地内にこんなものが鎮座していて面食らった。

 二宮尊徳先生の座像、その隣には例の金次郎像も。まあ小田原発祥の企業ゆえ“報徳精神”を発揮するのは結構なことだし、決して綺麗とは言い難い本社屋でよく頑張っておられると思う。昔も今も私の親はヤオマサのヘビーユーザーであるので、結果的にたいへんお世話になっている。しかし、一言だけ申し上げたい。ヤオマサのパック寿司、旨くないと思います。
 新鮮館おだわらの敷地を横断し、旧道(バス通り)に出る。いかにも旧道っぽくグニャっと曲がるとすぐ現れる小田原球場(上府中公園)との分岐を右折すると。「
西大友みどりの広場」があった。

 “みどりの広場”は街区公園と違い、私有地を市が借り上げて管理している。従って遊具はおろかベンチすら置かれていないことが多いのだが、幸いここ西大友のそれには、ベンチがあった。次の目的地である上府中公園は目と鼻の先であるし、西大友村での一献はここでチャチャッと済ませてしまおう。ということで、バッティングセンターにあるような緑のネットを潜って公園にインし。





(43)東大友村(44)永塚村(2009.2.7)


 上府中公園にやってきた。ここについては「公園酒に好適な公園ガイド」でレビューしているので併せて参考にして欲しい。
 初めて訪問したときには気付かなかったのだが、当園は全面積の北1/3くらいが旧東大友村、南2/3くらいが旧永塚村に属しているのだ。なので、例えば小田原球場のバッターボックスに立った打者がバックスクリーン越しにホームランをかっ飛ばしたとすると、東大友で弾かれたボールが隣の永塚村まで飛んで行くということになる。ロマン溢れる話ではないか。んなことない?
 さて、基本的に“ラクして数稼ぐ”ことはしないスタンスの旅ではあるが、今回ばかりは他にめぼしい一献スポットもないし、東大友⇒永塚と園内を移動して呑ませていただくこととする。まずは旧東大友村内、芝生広場はずれにある四阿

 移動して旧永塚村内、南入口近くのパーゴラ+縁台のところで。

 ごちそうさまでした。




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